シリーズ 「職場」    2006.7
“成果主義”追って 止まらぬ
  “日立病”−
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1. 産業医の「遺言」 2. 月200時間の残業 3. 寄せ集めチーム
4. いいかげんな評価 5. 奪われる 働きがい 6. 管理職は いやだ
7. たたかうしかない 8. すごいことやった 9. 裁量なんてない
10. 希望もてる職場へ (おわり)

 
 1. 産業医の 「遺言」

 「働き過ぎによる精神障害(大半がうつ病)」 が労働者をおそっています。
 総合電機トップの日立製作所では、あまりの多発ぶりに同社の産業医が “日立病=日立シンドローム” と名づけて警告したほどです。


日立製作所の産業医が書いたコラムと勤務先の横浜市内にある事業所

 2006年4月、同社のある事業部で開かれた部長会議。 ここで報告された2005年の病気による1ヶ月以上休職者の全社状況は、きわめて深刻なものでした。 「前年と比べ大幅に悪化し、過去最悪の水準」、「とりわけ、精神障害による休職者の増加に歯止めがかからない」

 “過去最悪”、“歯止めがかからない”。 これほどの危機感があるからには、抜本的なメンタルヘルス(心の健康) 対策をとってもいいはずです。 が、その内容はお粗末としかいいようがないものとなっています。

 悪化が目立つ、システム関係の事業部では 「構内一周ウオーキング・縄跳び」 をあげています。 メンタルヘルス知識の普及や復職者への援助などもありますが、肝心の 「働き過ぎ」 を是正する方策は見当たりません。

   3倍近い病休者

 この事業部は、社員の健康状態が悪化の一途をたどっています。 昨年後半以降、病気休職者の割合は倍加し、1%を超えました。 その7〜8割が精神疾患で、大半が30代です。休職者に含まれない、休みがちな人や制限勤務の人も少なくないため、通常勤務ができない人はもっと多いのが現状です。
日立製作所 … 古川一夫社長。本社・東京都千代田区。
売上高は連結9兆5,000億円。
社員数は連結35万6,000人、単独4万1,000人(2006年3月現在)

 厚生労働省の委託研究によると、1,000人以上の事業場での病気休業者の割合は平均 0.37%。 これによる日本企業全体 (中小企業含む) の経済損失は、1兆円にのぼると試算しています。 「1%」 はその3倍近い深刻な数値です。

 “日立病” の名づけ親である産業医が今年3月の定年退職を前に、社内雑誌に 「産業医の 『遺言』」 というゴラムを書いています。 ここで示している予防策は、ウオーキングや縄跳びなどの会社のお粗末対策とはまるで違うものです。

   限界まで働くな

 それによると…。

 (1) 限界まで働かない、
 (2) 働き方はリズムと緩急を交えて、のべつ幕なしには働かない、
 (3) 土日のどちらか (なるべく両方) は休む、
 (4) 残業は(月)60時間以内なら持久力回復可能、80時間で疲労が蓄積し、
    100時間以上は “日立病” になる、
 (5) 自分の心身の健康状態をセルフコントロールする (部長がいうから徹夜する等は駄目)、
 (6) 残業時間は正しく申告し、長時間残業者検診を受ける、
 (7) 上長と部下は相互理解を深め尊重しあう、
 (8) 働き過ぎへの抵抗力は個々人によりさまざま。

 “日立病” の背景に、どれだけ過酷な長時闇・過密労働があるかをうかがわせる指摘です。

 同社の男性社員は訴えます。 「2001年以降の大リストラで人手不足となり、職場にはさまざまな問題があらわれてきたが、いよいよ限界になっている。 成果主義賃金制度と裁量労働制の導入がその要因です」

 次回からその要因に迫ります。             (つづく)

 (以上 「1.」 の出典は  「しんぶん 赤旗」 2006年7月2日付)


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 2. 月200時間の残業

 日立製作所が勤続年数で賃金が上がる年功部分をなくし、降格・降給ありの成果主義賃金制度に改定したのは、2004年4月です。 実際の労働時間に関係なく労使が決めた時間を働いたとみなす、残業代不要(深夜・休日労働は除く)の裁量労働制も、同時期に導入しています。

   「コスト減らせ」

 多くの社員が、成果主義賃金のもとで高い評価を得ようとがんばったのはたしかです。 しかし、その結果、精神疾患になるというような、単純な図式ではありません。

 「成果とは個人のがんばりや成績だけでなく、部の業績を上げることです。 その一つとして、部のコスト削減が厳しく求められます。 手っ取り早いのは人を減らすこと。 それが部の業績を上げ会社の収益を高め、部長の評価につながる。 課、チーム、個人と下りてきて、個々の労働者はがんじがらめにされているんです」


夜11時になっても明かりがともる
東京都内にある日立の事業所

 同社の技術者はこう語り、職場全体にコスト意識が徹底されていると指摘します。 仕事量が増大しても、簡単に人は増やさず業績が悪ければ人は減らされます。

 「できない量でもやるしかない」。 ある事業所勤務の若手設計者は、新たに追加された仕事を前に、ため息まじりにつぶやきました。

 仕事が多すぎる、人を増やしてほしいと苦情をこぼしても、上司からいわれる言葉がわかっているからです。 「いる人間でやるんだ」 と。

 寝る時間を削って働き続けた結果、体を壊した休職者が出ても、人員は補充されません。 その分の仕事は残ったメンバーが背負わされ、多忙感はいっそう強まるという悪循環に陥っています。

   受診対象者急増

 労働時間はどんどん長くなっています。 労働安全衛生法などで長時闇残業者に対する健康診断を企業に求めていますが (注)、その受診対象者数が急増しています。

 先の若手設計者が所属する事業所では、月200人前後だった受診対象者数が、昨年末以降は300人前後へと 1.5倍になりました。対象労働者 (現業含む) の5人に1人近い人数です。 月残業時閻が200時間に達する労働者もいます。

 200時間とは、毎日7時間近い残業 (休日労働) を休みなしに1ヶ月続けた数字にあたります。 厚生労働省が過労死の危険が最も高くなるとしたのが、月100時間を超える残業。 その2倍におよぶ超長時間労働は、いつ過労死しても不思議はないほどの過酷さです。
(注) 労働安全衛生法は、事業者に労働者の安全と健康を確保する措置をとるよう義務付けています(第一条ほか)。

 通達では、過労死など働きすぎによる健康障害を防止するため、時間外労働を月45時闇以下とすること、とくに時間外労働が月100時間超の場合または2〜6ヶ月平均で月80時間超の場合は、過労死の危険が高まるため、医師の面接指導などを求めています。今年4月には同法改定で、時閻外労働が月100時間を超え労働者の申し出がある場合、医師の面接指導が義務付けられました。

 同社では、月100時間または2〜6ヶ月平均80時閻以上、3〜5ヶ月連続45時間以上の時間外労働を対象とし、うち必要と判断した人の産業医等面接をしています。

 これだけ働かされても、多くの技術者に残業代はありません。 30歳前後で裁量労働制の対象になると、月35時間相当の手当がつくだけだからです。 この制度によって、会社は残業代コストを気にせず、仕事をいくらでも増やすことができます。 そのため、いっそう仕事量の増大を労働者にもたらしています。    (つづく)

 (以上 「2.」 の出典は  「しんぶん 赤旗」 2006年7月3日付)


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 3. 寄せ集めチーム

 「横のつながりもなければ、縦のつながりもない」。 日立製作所・グループ会社の若手技術者は、こんないい方で、仕事での孤独感を語ります。

 この10年、分社化をすすめてきた日立製作所では、開発・設計業務の中心はグループ関連子会社が担っています。

 子会社といっても、社員数が数千人規模の大会社がざらです。

   孤独感に耐えて

神奈川県内の事業所に出勤
する日立製作所の労働者

 技術者の仕事の多くは、プロジェクトチームを組んですすめます。 しかし、メンバーの雇用主はさまざまです。 グループ会社数社、外部の請負会社や派遣会社数社からきた技術者で構成されています。まさに、“寄せ集めチーム” です。

 その半分以上が請負・派遣労働者で、違法な多重派遣や偽装請負も少なくありません。

 チームは、数ヶ月や半年の期間もあれば、数年にわたることもあります。 規模も10数人から 100人を超えるものまで、さまざまです。

 「上司は私がいまどんな仕事をしているか、知りません。多少なりとも自分をわかってくれている人が職場にいないんです」。 同社関連企業で働く別の若手開発技術者もこう語ります。

 “寄せ集めチーム” ゆえの孤独感。彼らは仕事が終われば、また別のチームに組み込まれ、根無し草のようにチームを渡り歩く状態におかれています。 人が足りないので複数のチームを兼任する人もめずらしくありません。

 しかも親会社で仕事をしている場合、「その日その日で仕事が変わり、当日中に結果を求められる。 気の休まる時がない」 とも。 わからないことがあっても、縛られて業務をすすめていくことになりますが、線表通りいくことはまれで、ほとんどが遅れがちです。

 顧客の要望にこたえようと、もともと無理な短期間の契約を結ぶため、打ち合わせ時間ははじめから考慮されず、予算もないので短い期日に間に合わせるだけの人員はいません。 結局、長時間残業で帳尻をあわせ気軽にたずねあったり教えあったりする雰囲気になく、それぞれがいっぱいいっぽいだといいます。

 チームには、「線表」 (工程表とも) とよばれる日程表があります。 顧客企業に納品する時期を逆算して、設計開発の仕事の段取りが期間と業務項目ごとにならんでいます。 技術者はそれに縛られて業務をすすめていくことになりますが、線表通りいくことはまれで、ほとんどが遅れがちです。

 顧客の要望にこたえようと、もともと無理な短期間の契約を結ぶため、打ち合わせ時間ははじめから考慮されず、予算もないので短い期日に間に合わせるだけの人員はいません。 結局、長時間残業で帳尻をあわせています。

   技術継承できず

 ある関連会社では、課の平均残業時間の最長は100時間前後、個人の最長は150〜200時間に及びます。

 それでも現実より控えめの数値だと技術者はいいます。 「チームの予算枠があるので、実際の残業時間より少なくつける人が結構いるから」 と。

 “寄せ集めチーム” は、技術継承の問題もはらんでいます。 メンバーの一人は指摘します。 「チームで開発した仕事の問い合わせが顧客からあっても、トラブルが発生しても、対応できない」。 納品してしまえば、チームは解散。 しかも、「もっとも詳しい技術者が派遣というケースも少なくない。その人がいなくなれば、何もわからなくなる」 と懸念します。    (つづく)


 (以上 「3.」 の出典は  「しんぶん 赤旗」 2006年7月4日付)


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 4. いいかげんな評価

 成果主義賃金制度は、労働者にどう受けとめられているのでしょうか。 若年層に手厚いといわれる同制度ですが、こんな声が返ってきました。

 「ぼくのまわりで、“がんばれば報われる制度だ” なんて思っている人はいませんよ」。 日立製作所グループで働く20代の技術者はきっぱりといいます。

 「全体的な人件費削減の制度だと、みんな感じているんじゃないかな」


(日立労組の「処遇制度意識調査結果」…「今の評価制度や運用についての問題点(複数回答)」 上位7項目)

   課長の発言力で

 「今回は我慢してくれ」。 上司との面談の場で、こう言われたという青年が結構います。 前回評価を上げなかった人を優先して上げなきゃならないからと。 入社年度等で順に上げているそうです。

 成果主義賃金制度では、等級ごとに賃金の幅があり、同じ等級内でも評価により賃金が変動します。高い評価を取り続けないと、等級が上がらない…昇格できないしくみです。

 ある時、酒の席で上司がこぼしました。 「評価制度っていうのは人件費削減が目的だ。だからうまくいかないんだ」

 背景にはこんな事情があります。 評価が上がる人数枠は、部ごとにきまっています。 課長があつまり、うちの○○はこれをやったなどと主張しあい、発言力のある課長が多く人数枠をとってしまいます。 発言力のない課長は部下のがんばりを主張できず、枠も少ない。

 つまり、総額人件費削減ありき。 賃金が上がる人数は限定されており、その振り分けも管理職の力関係できまってしまう。 評価はいいかげんなものだというのです。

 人数枠は、年齢層ごとにも割合がきまっているため、若手が多い部署では若手の賃金は上がりにくく、逆に若手の少ない部署では上がりやすい。 がんばりが評価に結びつかないため、やる気をなくしている人もいるといいます。

 成果主義賃金制度は、年度ごと (または半期ごと) に労働者の立てた目標を上司が確認し、年度末に上司が査定するという、目標管理を土台に成り立っています。 労働者の納得を得やすくするためです。

 年度始めの面談では、労働者が目標を書いた用紙を提出し、部の方針に合致しているか、目標が低すぎないかなどを上司が確認。 年度末面談では、目標に対する到達点の評価を上司が部下に通告し、強化点などを助言することとなっています。

   目標、面談なく

 ところが最近、評価の基となる目標そのものを提出しない、面談もしない職場がめずらしくなくなっています。 「上司が何もいってこないので、こちらも黙って提出していない」、「書いても無意味」 と技術者はいいます。 成果主義賃金制度の土台が崩れてきたといえます。

 理由はいくつかあります。 提出する期始めに年間の仕事が明確になっていない場合が多く、目標を立てようがない。そもそも成果が計れない仕事なので、多忙な上司も部下も無理して時閻を費やす気になれない…。

 日立労組アンケートでも、「成果が明確に現れる仕事」 と回答したのは、2割にすぎません。 上司との「面談を受けた」のは約8割、「受けなかった」は2割弱もありました。 評価結果については、「紙面による通知がなかった」 が半数近くをしめ、うち 「口頭伝達」 3割強、「口頭伝達もなし」 は1割を超えています。   (つづく)

 (以上 「4.」 の出典は  「しんぶん 赤旗」 2006年7月5日付)


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 5. 奪われる 働きがい

 「少なからずショックを受けた」。 日立製作所の某副社長は昨年、社員にむけて、こんな言葉を吐露しました。

 2004年の成果主義賃金制度導入から半年後に、会社が行った社員意識調査の結果をみてのことです。

  “現在の仕事にやりがいを感じている” という30代社員が半数にも満たなかったというのです。 30代といえば働き盛り、今後の企業経営を左右する問題といえます。

 最新の2005年調査 (回答数約3万人) も同様の結果となっています。
 この調査によると、「やりがいを大いに感じている」 との回答は、全体で1割もなく、30代は最も少ない数値です。「比較的感じている」 をあわせて、全体ではやっと5割を超えますが、30代は4割台でした。

   こんなはずでは

浜岡原発のタービン破損で、日立製作所の「設計ミス」 と報じた日経新聞7月1日付(右) と同夕刊

 一方、「やりがいを全く感じていない」、「あまり感じていない」 をあわせた回答は、トップが30代、次いで30歳未満で、ともに2割を超えています。

 「今の仕事は、自分の能力を十分発揮できるものだ」 との回答は、「比較的そう思う」 を加えても、全年齢層で半数に届きません。

 転職志向では、「定年まで働きたい」 と回答したのは30代未満で1割台、30代は2割台でした。
 転職したい理由のトップは、全体で 「仕事にやりがいがない」、次に 「忙しすぎる」。
 30代が最も高く、30代未満がそれに続きます。

 こんなはずではなかったのです。 同社は成果主義賃金制度導入のねらいについて、こうのべていました。 「 『仕事を通じた価値創造』 が大きいものを、高く評価し、高く処遇する」 ことが、「やり甲斐・働き甲斐」 そして 「日立の発展・繁栄」 につながると。
  しかし、調査結果をみるかぎり、まったく逆の意識を生んでいます。

 仕事にやりがいがもてないのは、なぜなのか。 30代前半の開発技術者は、職場の実情をこう語りました。 「いつも仕事に追われ、消化するだけ。 運が良ければ、問題が起きない状態です」

 「問題」 とは、不良品トラブルのことです。 「本来必要な工程を省き、7割くらいで目をつぶらなければ、短い開発期間に対応できない。 納得できる仕事ができていないので、仕事に誇りをもちづらい」 と打ち明けます。 「自分の仕事が世の中にどういう意味をもつか、なんて考える余裕もない」 とも。

   達成感なき繁忙

 会社からコスト意識が徹底してたたき込まれているので、「もっと時間が必要だとはとてもいえません」。 次々出される 「業績改善対策」 や、どう業績を上げるかが繰り返し問われ、「業績が上がらないあの部署は統合された」 という話は数知れず耳に入ります。 無意識のうちに、危機感と業績向上の意識が染み込むのです。

 当然、不良品トラブルは増加し、その対応に追われるくり返しです。

 「ゆとりある仕事がしたい。本当なら、最先端の研究を紹介する講演会にいったり、次はこういうものが必要になってくるだろうと考えて仕事をしたい。 そうしたらもっといい仕事ができると思うんですが」

 その願いは、果たせぬ夢となっています。

 現実は、膨大な仕事量が業務の創造的部分をそぎ落とし、“手抜き” を強いて、技術者のやりがいや誇りを傷つける。 達成感なき消化するだけの繁忙は、部下だけではありませんでした。
                                                 (つづく)

 (以上 「5.」 の出典は  「しんぶん 赤旗」 2006年7月7日付)


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 6. 管理職は いやだ

 日立製作所グループ企業の技師(係長クラス)が、憂うつそうに語りました。 「このままでは主任技師(課長クラス)にさせられてしまいます。 なりたくないんです」

 サラリーマンにとって喜ばしいはずの昇進。 それが憂うつでならないとは、どういうことか。

 「責任だけ持たされて、何もいいことはないからだ」 と彼は話します。

 いま課長クラスは、部下から尊敬や目標とされる存在ではなくなっています。

 こんな声もあります。

 「ああいう人間にはなりたくない」。 若手技術者は上司を手厳しくこきおろしました。 「むちゃな仕事量を押し付け、ろくに援助もしてくれないのに、何かあれば責任追及ばかりする」 と。

   余裕なんてない

 “管理職になりたくない” との思いは、人間性を破壊する片棒は担ぎたくない、自己の人間性を失いたくないとの意思表示ともいえます。 管理職になるのをいやがる傾向は、組織が壊れかねない深刻な問題です。

 そうみられる課長クラスのおかれた実情とは…

 ある技術者はこう指摘します。 「人手不足は彼らも実感しているはず。 彼らがもっとも多忙ですから。 昔は課長の仕事はマネジメント(運営管理) が中心でしたが、いまはプレーヤー(設計業務) を兼任している。だからといって、部長に人員要求をしようものなら 『なに甘いこと言ってるんだ』 といわれる。 部下を援助・育成する余裕なんてないんですよ」

 実際、課長クラスの長時間労働はすさまじいものです。 会社の調査でも課長の5人に1人が毎月100時間を超える残業をしています。

 産業医は精神疾患の相談者が 「(課長クラスにあたる)40歳以上が増加」 していると注意をうながしています。

 技術者は、こう続けました。 「彼らの世代は、技術者として基礎的経験を積む機会がなかった人が多いんです。 だから部下がトラブルを抱えても、問題解決のアドバイスがうまくできない」

 課長クラスが一般社員の時代はバブル期で、同社は設計・開発業務の多くを外注に出し、社員は指示・取り次ぎ業務が中心でした。 ところが、いまはコスト削減で、外注化していた仕事を引き揚げ、社内で行う 「内作化」 をしています。 経験あるベテラン技術者に援助を頼もうにも、2001年以降の2万人大リストラで、多くはすでに職場を去った後です。

 「技術の空洞化は埋まらず、しかも業績にたいする管理職の責任が、以前と比較できないほど厳しいですから、どうしても部下を詰めがちになってしまう」 と。

 会社の場当たり経営のしわよせをもっとも強く受けているのがこの層だというわけです。

   ヒラへの降格も

 課長クラスの賃金は月俸制で、残業手当も裁量手当もありません。 成果が上がらず低い評価が2年続けば、ヒラに降格される制度が昨年から導入されました。 必死になって、成果を上げなければならない位置に追い込まれています。

 矛盾があるのは、部長クラスも同様です。予算に人員増を計上すれば、幹部から 「何でいまの人数でできないのか」 と詰められ、提案は取り下げざるをえないといいます。 業務量の増大・人手不足のもとでの成果の追求が職場の活力、労働者の健康を奪っている現状があるからこその要望なのにです。

 「成果主義のやりすぎだ」

 部長、課長クラスから、最近、こんな批判の声があがっています。 会社方針に忠実なはずの管理職層からも、成果主義の害悪が看過できなくなっていることをうかがわせます。   (つづく)


 (以上 「6.」 の出典は  「しんぶん 赤旗」 2006年7月9日付)


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 7. たたかうしかない

 「何の落ち度もないのに大幅賃下げが許されるのか。 これでは生活できないと、裁判まで覚悟しました」

 日立製作所の100%子会社・日立アプライアンス清水事業所 (静岡県。 今年3月まで日立空調システム) に勤務する総合職の多田義幸さん(55) は、この問のたたかいをふり返ります。

   月8万円賃下げ


たたかいに立ち上がった多田さん。
会社の前で=静岡県静岡市
 多田さんは、2004年4月に導入された成果主義賃金制度によって、月8万円・年間100万円を超える賃下げが示されました。 評価が下がったからではありません。 上司からは 「確実に仕事をこなしている」 といわれ、以前と同じ5段階の中位の評価をもらっています。

 成果主義賃金制度は、勤続・年功部分がなくなるため、評価は同じでも新制度に移行するだけで、中高年の多くが賃下げになります。 総合職で月5〜6万円ほどの減収。 賃下げ最多額は多田さんでした。

 同社は、1998年度まで日立製作所清水工場だっただけに、新制度の内容も日立とほぼ同じです。 ただ二つ違いがありました。

 一つは、同じ等級でも本給水準が総合職で9千円も日立より低いこと。 もう一つは、制度移行による賃下げ分を補てんする 「調整給」 が日立は定年まで出るのに、同社は3年間としていました。

 日立が定年まで賃下げ分を補てんするからといって、中高年にとって問題がないわけではありません。 賃下げ補てん分の 「調整給」 を超える大幅な賃上げ (昇格・昇進) にならなければ、どんなにがんばっても賃金は定年まで上がらないからです。 逆に、評価が下がって降給・降格は存在します。 中高年の “やる気” を著しく低下させる制度です。

 多田さんの勤務している会社は、制度移行による賃下げ分の補償期間を、たった3年間に区切ったところに、よりひどさがあります。 入社時は、同じ日立社員だったのにです。

   生活保護並みに
 大企業に勤続37年。 仕事内容は何も変わっていないのに、月34万500円だった本給は26万円に、約500万円の年収が400万円にさせられます。 家族手当を加えても月30万円にも届きません。

 妻と娘2人を扶養する4人家族の多田さんにとって、この月収は税金や社会保険料などを差し引くと、「ぎりぎりといわれる生活保護をうけるような賃金」 になります。


 「娘に大学進学をあきらめてもらうことまで考えたんです」 と打ち明けます。 「声をあげてどこまで変えられるかわからない。だが、とにかくたたかうしかない」。 多田さんは、腹をくくりました。

                              (つづく)

 (以上 「7.」 の出典は  「しんぶん 赤旗」 2006年7月12日付)


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 8. すごいことやった

 「賃金引き下げにつながる制度変更は反対だ」

 日立製作所100%子会社の日立アプライアンス清水事業所 (静岡県。今年3月まで日立空調システム) の総合職社員・多田義幸さん(55) のたたかいは、新制度が提案された2003年夏から始まりました。

 成果主義賃金の導入による制度移行だけで月8万円・年間100万円を超える大幅賃下げを食い止め、生活を守るためです。 以来、2年越しのたたかいになります。


 「労働条件の不利益変更として同意できない」 と主張し、職場集会の開催を組合に要求。


たたかいのなかで、多田さんが
発行した職場新聞 「オアシス」
 わかりにくい会社説明の内容を読み解き、新制度のひどさを解明した職場新聞 「オアシス」 を発行し、労働者に宣伝しました。

   社会的な運動に

 内容のひどさが明らかになるにつれて 「補償しないのはおかしい」 などの苦情が組合員から多くだされます。 会社は、賃下げ分を補てんする調整給支給は 「3年閻が妥当」 としていましたが、職場の声をうけた労働組合の提案で再協議となりました。

 「再協議といっても、補償はあいまいにされ具体的には何も決まっていない」。 多田さんは、2004年4月に新制度が導入された後も、数え切れないほどの質問書を組合と会社に提出し、社内の苦情処理制度も活用しました。

 しかし会社は、苦情処理は 「評価に関する疑問・問題等を範囲としている」 ととりあわず、限界を知りました。

 職場で公然と批判の声を上げているのは、多田さん一人。 多田さんは、自身も会員である働きやすい職場づくりをめざして活動している日立関連労働者懇談会の全国的な協力をえて、門前で6回にわたる宣伝行動をおこないました。

 全労連加盟の静岡県労働組合評議会 (県評) や静岡地区労連に支援を依頼し、会社にたいして交渉・要請も申し入れてきました。

 県評の萩原昭典事務局長はいいます。 「大企業の日立でこんな大幅賃下げがまかり通ったら、中小企業など地域は重大な影響を受ける。 一企業の問題ではなく、まさに地域の問題なんです」

 こうした外から社会的に会社を追いつめる行動をくり返し広げるなかで、昨年7月に突然、組合機関紙で定年まで賃下げ分が補償されることが公表されました。 6月末に開かれた中央労使委員会での確認事項でした。

   150人が救われた

 日立空調システム労働組合 (連合加盟) の佐竹功委員長に問い合わせると、こう話しました。 「職場の声も受けて、生活を考えた結果だ。 いままでの制度は年々賃金が上がっていったが、今回のはそうじゃない」 と。

 2年間にわたるたたかいで、ついに要求を実現しました。 救われたのは多田さん一人でなく、組合員の1割を超える同僚150人です。 「すごいことやったね」、「あきらめていたが、これで助かるよ」。 同僚から喜びの声がよせられました。 切実感は同じでした。

 多田さんはいいます。 「成果主義賃金は、中高年が大変というだけでなく、若い人の生涯賃金が壊滅的打撃を受けることになる。今後も改善をかちとっていきたい」

 およそ40歳になると、昇格・昇進できなければ賃金は上がらないしくみなので、調整給のない賃金があたりまえになってしまうからです。

 要求の実現を力に、新たな活動にふみだしています。   (つづく)

(以上 「8.」 の出典は 「しんぶん 赤旗」 2006年7月13日付)   (注)日立関連労働者懇談会ホームページ
                                         http://www.hitachikon.net/


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 9. 裁量なんてない

 「消化するだけの仕事に、裁量なんて一体どこにあるんだ」。 日立製作所の設計技術者は、吐き捨てるようにいいました。 裁量労働制の対象なので、どれだけ働いても月35時間相当の手当がつくだけです。

 同社が裁量労働制 (HIワーク) を導入したのは、成果主義賃金制度と同じ2004年4月。 「働いた時閻の長さではなく、仕事の成果で報酬を支払う働き方を目指す制度」 と会社がいうように、労働時間の側面から成果主義賃金を支えています。

   多くが違法状態

 同社によると、対象は1万2千人、管理職を除く総合職の6割近くです。 その多くはプロジェクトチームに組み込まれ、リーダー(チーフ) の監督・指示の下で日程表にもとついて仕事をしています。




 「最初からできそうもない工程でやらされている。 『個人の裁量』 なんて条件も環境もない」。 別の技術者も訴えます。

 労働基準法解釈総覧によると、技術者が対象となる専門型裁量労働制について、こう明記しています。 プロジェクトチームの場合、「チーフの管理の下に業務遂行、時間配分を行うケース」 は、「(裁量労働制に) 該当しない」 (基発150号)。 日立のHIワークは多くが違法状態といえます。

 裁量労働制は、あらかじめ労使がとりきめた時間を働いたとみなすため、仕事量を増やしても会社は残業代コストを気にする必要がありません。 深夜と休日労働は残業代の支払い対象ですが、週休2日制でも休日労働扱いになるのは、日曜だけです。 成果主義のもとで申告する人はほとんどいないのが実情です。

 最近、変化が起きています。 「月100時間以上残業してもわずかな手当しか出ないなんて、ばかばかしくてやっていられない」 と、裁量労働制の除外を申請する若手技術者が増えているのです。

 評価や出世に響くからと、これまで不満をのみこんできたけれど、“がまんも限界” ということなのでしょう。

 「除外申請していない人も 『HIワークなんてやめるべきだ』 との声が広がっている」。 ある技術者はこう話しました。

 裁量労働制と成果主義 … これが一体で導入されたとき、労働者の状態は一気に悪化します。 “日立病” に象徴される精神障害の増大はそのあらわれです。

 旧労働省が開発した 『仕事のストレス判定図』があります (上の図)。
 精神障害、健康破壊につながる4つのストレス要因 = 「仕事の量的負担」、「仕事のコントロール(裁量権や自由度)」、「上司の支援」、「同僚の支援」 = をアンケート形式で測定するものです。

 これによると、仕事量や責任が重く仕事の裁量度が低くなるほど、高ストレス状態になります。 上司や同僚などの職場支援が低いと、より危険が高まります。

 高ストレス状態の継続は、うつ病による過労自殺や脳・心臓疾患による過労死につながります。

   月45時間以下に

 厚生労働省が、過重労働による健康障害防止指針で、残業は月45時間以下に求め、月100時聞超または2〜6ヶ月平均で80時間超の残業を戒めているのは、医学的検討にもとづきます。

 その考えは、1日24時間のうち通勤や食事・入浴などの生活時間が6時間必要と算出。 基本労働時間8時間を引くと、残る10時間は睡眠・残業がしめる関係です。 5時間以上の残業 (月100時間超) をすると睡眠時間は5時間以下となり、脳・心臓疾患発症の危険が 1.8 〜 3.2倍に高まると報告されています。

 裁量労働制とは…
 仕事の進め方や時間配分について裁量が労働者にあることを条件に、労働基準法が認めた制度です。
 一つは1988年創設の専門型裁量労働制で、研究開発・情報システムの分析または設計など19業務が対象。
 もう一つは、2000年施行の企画型裁量労働制で、企画、立案、調査および分析を行う労働者が対象です。
  いずれも労働時間があいまいになるため、導入には数々の制限があります。

 人間の命と健康を守るため、労働時閻の規制はなにより大切です。     (つづく)

 (以上 「9.」 の出典は 「しんぶん 赤旗」 2006年7月15日付)


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10. 希望もてる職場へ

 「このままでは会社は近いうちに、もたなくなるのではないか。 本当に最近そう思うんです」
 日立製作所の技術者は、真顔で語りました。

 いま同社とそのグループ企業では、連載でみてきたようにさまざまな矛盾が噴出しています。 労働者に膨大な仕事量がのしかかり、裁量労働制と成果主義によって長時間労働と賃金水準の低下を強いる。 技術者は消化するだけの仕事に追われ働きがいが奪われる… そのあげくに “日立病” と称される精神障害が職場を覆っています。 個人も、組織も、技術も、壊れかけた深刻な状態です。

 なぜこんな状態になったのか。 どうしても、利潤追求にひた走る同社の企業戦略に目を向けざるをえません。

   行き過ぎた痛み

 同社は2003〜05年度の3年間で、営業利益率 (売上高に対する売上原価・販売費などを引いた額の割合) を2.5倍化する中期経営計画を発表。 2%前後の営業利益率を5%以上にするという 「とてつもない」 (社員) 内容です。


 これを実現するため、もっとも狙われたのが労働コストの削減でした。 その結果、行き過ぎた人員削減と労働強化が労働者を痛めつけ、技術力の低下や製品トラブルといった問題を引きおこしています。


日立関連企業門前で早朝宣伝する
日立懇メンバー=東京都内、6月

日立懇の入会をよびかけるリーフ
(上2枚) と 毎月発行の全社ビラ
 2005年度の営業利益率は2.7%。 1%程度アップしただけで、激しい痛みが職場にでているのに、会社はあくまでもこの方向で突き進む姿勢を示しています。

 「グローバル企業として、最低ラインである営業利益率5%をできるだけ早い時期に達成したい」。 今年4月、古川一夫新社長は就任会見でこういいました。 2010年に創立100周年を迎える同社は、今年をさらなる高収益経営をめざす新中期経営計画スタートの年としています。

 しかし会社がめざす方向に、希望や働きがいはもちうん、企業の繁栄・発展も生まれないことを労働者の多くは感じています。

 「いい仕事がしたい」 と語り、現実との矛盾に葛藤 (かっとう) する若手技術者たちと出会いました。 この思いを生かせる職場こそ、希望ある道ではないのか。

   労働運動の力で

 同社グループには労働者の思いを代弁して運動する労働者有志の団体があります。
 日立関連労働者懇談会 (日立懇) です。

 「国際競争が厳しくても、人間として生きるための権利は、すべてに優先されなければならない」 と訴えています。 成果主義賃金制度とHIワーク (裁量労働制) を撤回させ、安心して生活できる賃金と、サービス残業・健康破壊をなくし、だれもが人間らしく働ける職場づくりをめざそうとよびかけてきました。

 愛知県の日立オムロンターミナルソリューションズ旭事業所では、8月から通用門に、残業時閻を正確に管理するためのIDカードリーダーが設置されることになりました。 日立懇が数年前から要求していたものです。

 来週開催する日立労組 (連合加盟) の大会議案には、「(HIワーク) 制度の適正運用に努めます」 とし、「仕事量の裁量性はあるか」、「(健康管理用時間管理が) 機械的で厳正な管理となっているか」 など、労働者の要求にそった問題点を指摘しています。

 日立懇の成木彦朗代表はいいます。
 「職場の矛盾がいくら噴出しても、会社側がこれを根本的に見直すことは困難です。 それができるのは経営にモノをいえる労働組合運動です。 日立懇は本来の労働運動が職場を変えていけるよう、管理職や非正規労働者とも力を合わせて、たたかいをすすめていきます」

                                               (おわり)

(以上 「10.」 の出典は 「しんぶん 赤旗」 2006年7月16日付)   (注)日立関連労働者懇談会ホームページ
                                         http://www.hitachikon.net/


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