株式会社 高見澤電機製作所 とは
〜1994年
通信機リレーの製造で中堅トップ企業。主納品先は富士通株式会社。
1995年
富士通株式会社が資本参加するということで、共同出資で「富士通高見澤コンポーネント株式会社」を創立。
2001年
株式移転をして、完全親会社である「富士通コンポーネント株式会社」を設立し、その傘下に入る。
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富士通コンポーネント株式会社 |
創立 2001年10月1日
資本金 67億64百万円
売上高 連結:425億円(2009年3月期)
従業員 365名(2010年3月31日)
株主 富士通 52.18%
業種 電気機器製造 |
生産品目
リレー、コネクタ、キーボード、タッチパネル、
ポインティングデバイス、サーマルプリンタ、
サーバ・コンソールスイッチ |
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事業所 本社 |
〒141-8630 東京都品川区東五反田2-3-5
(五反田中央ビル) |
| 技術開発センター |
〒382-0076 長野県須坂市大字須坂1174 |
| 株式会社しなの富士通 |
〒389-2298 長野県飯山市大字野坂田935 |
| 宮崎富士通コンポーネント株式会社 |
〒889-2521 宮崎県日南市大字東弁分乙1011 |
| 千曲通信工業株式会社 |
〒385-0035 長野県佐久市瀬戸1111-1 |
| 株式会社高見澤電機製作所 信州工場 |
〒385-0035 長野県佐久市瀬戸1111-1 |
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高見澤電機争議
2011年6月10日
争議の始まり
1999年3月末、親会社・富士通は「事業再建」を名目に、高見沢電機ののっとりと、JMIU労組つぶしをね
らい、信州工場(当時360人が働く)の閉鎖攻撃を開始しました。「希望退職か、子会社の千曲通信への転籍か」
を迫り強行しました。
「信州工場はなくなる」「いまやめないと退職金も出なくなる」など、会社と第2組合幹部による徹底した脅しの
なか200人以上が退職、あるいは賃金大幅ダウンの千曲通信に転籍しました。JMIU組合員100人が「信州工
場をまもれ」と、たたかう道を選択しました。
工場閉鎖は困難と見た富士通は、持ち株会社・富士通コンポーネントを設立して、高見沢電機を子会社の一つにし
ました。そして高見沢電機から百億円もの資産を吸い上げるとともに、営業・技術・管理といった中枢能を奪い、信
州工場を採算のとれない生産工場にしてしまいました。
雇用の場は確保されたものの、組合員は「赤字」を理由に「賃上げなし、一時金なし」を強いられています。
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高見澤電機争議
2011年6月10日
争議に対する県労委と中労委で、命令が分かれる
2005年長野県労働委員会は、富士通と富士通コンポーネントにたいして
下記の事項を認定し、謝罪と団交応諾の命令を出しました。
@「事前協議・同意協定」を無視し強行したリストラ攻撃や脱退工作。
A 労働組合側の要求に何一つ応えようとしない、高見沢電機の不誠実団交・不当労働行為。
B 親会社・富士通の方針にもとづく行為。
しかし2008年12月中央労働委員会は、高見沢電機における親会社・富士通の支配の実態を見ようとせず、「
リストラはやむを得なかった。合意が得られなかったのは労働組合が反対に固執したからだ」と、資本のいいぶんを
そのまま採用し、長野県労働委員会命令を全面的にくつがえす命令を出しました。
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高見澤電機争議
2011年6月10日
勝利解決まで闘う決意の高見沢電機労組
JMIU高見沢電機支部は、中央労働委員会の不当な命令を不服として、中労委命令取り消しを求める行政訴訟を
裁判所に起こしましたが、認められませんでした。
柳澤真生高見沢電機支部委員長は、「中労委がなんと言おうと、富士通の数々の横暴によって、私たちが味わって
きた苦しみは消えない。富士通には争議の解決責任がある。大企業の社会的責任を求める全国のたたかいと連帯して
がんばりぬく」と述べています。
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重光由美さんの
『東芝・過労うつ病労災・解雇裁判』
は上記をごらんください
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